栄叡大師  

鑑真和上の心を動かし日本に招聘した名僧


期日:6月17日(土)(無魔終了)
場所:正眼寺
(美濃加茂市伊深町)
日程:
   10:30  栄叡大師顕彰法要 
         (浄土門 重誓偈)
         (聖道門 般若心経)
             導師 正眼寺 山川宗玄老師
   11:00  法話  
   12:00  お斎(精進料理)
   13:00  解散予定

栄叡大師奉賛会へのご加入のお誘いと
事業推進にご協力をお願いします。
 個人会員‥‥一口 10,000円(年額)
 法人会員‥‥一口 50,000円(年額)


榮叡(ようえい、生年未詳 - 749年)美濃国(岐阜県)出身の奈良時代の法相宗の僧。

興福寺(奈良市:法相宗の総本山)で法相教学を学んでいました。

日本には正式な戒律を授ける僧がいないことを憂えて、
天平5年(733)年に普照(ふしょう)師と共に唐へ渡りました。

唐の洛陽にある大福先寺で具足戒を受け、大福先寺の道璿(どうせん)師に来日を要請しました。道璿師は、インド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)師とベトナム僧の仏哲と共に天平8年(736年)日本に渡りました。

榮叡師等は、より本物の戒律を求めて唐にとどまります。

そして
10年目に揚州の大明寺で鑑眞和上に拝謁しました。そこで鑑真和上に改めて日本へ渡ることを要請しました。

鑑眞和上は榮叡師と普照の二人の熱意に折れ渡航することを決意しました。ところが渡航は失敗してしまいます。それでも諦めずを日本へ渡ることを何度も挑戦し
6度目にようやく日本へ渡ることができました。

ただ残念ながらこの間に榮叡師は、
天平21年(749)年に病を得てしまいました。渡航の無理がたたったのかもしれません。ついに端州の龍興寺で逝去してしまいました。

榮叡師は岐阜出身の僧侶であり、榮叡師の熱意がなければ鑑真和上は日本へ訪れることもなく戒律も正式に伝わらなかったでしょう。

岐阜県仏教会では、毎年榮叡大師を顕彰して法要を行っています。


※ 絵は平成四年に加藤十一画伯が描かれたものです






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