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釈尊(お釈迦様)の生涯

誕生と四方七歩の宣言

photo  紀元前6~5世紀頃、インドの北辺、現在のネパール附近に位置するカピラヴァスツに住していた釈迦という小さな種族の国があった。この国の王であるシュッドーダナ(浄飯王)とその妃マーヤー(摩耶)の間の一子として釈尊は誕生された。
 本名はゴータマ・シッダールタ(喬答摩・悉達多)と称した。
 聖母マーヤーは、故郷に帰ってお産をするべく旅に出たが、その途上、カピラヴァスツの東北部のルンビニーの花園で、産気づき釈尊を出産されたという。時に4月8日であったと伝えられる。
 釈尊は生誕されると同時に七歩歩まれ、四方に向かって、「天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん 三界皆苦我当安之さんがいかくがとうあんし」と宣言されたという。これは、独善の言でも無ければ放漫な語でもない。生死を輪廻する迷妄の境界の者は苦悩に沈んでいる。だからこそ、それらすべての人を悟りの境界に安らかに導き度すために、我は生まれたのである。これは釈尊自身の使命と責任であると同時に、真理体現者としての尊厳性の表れである。「四方」とは、直接的に東西南北の四方を指しているが、その意味は十方ということであって、空間的に余すところがないということである。「七歩」歩まれたということは、生まれながらに六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六界)をすでに超えた聖者であることを表している。

四門出遊と出家

photo 29歳の釈尊が、従者を伴って城を出ようとしたとき、東門において、白髪の老人が杖にすがって歩いて行くのに出会われた。やがて自分も老いることに思いが至り、不快の念から引き返された。
 南門において、病に倒れている人に出会われた。自分もいつ病にかかるかも知れないという不安にかられて帰途につかれた。
 西門において、葬列に出会われた。やがては自分自身の存在それ自体が、根底から一瞬に打ち砕かれることに気づかれて、心を乱して返られた。
 最後に北門において、1人の出家者に出会われた。出家者の威儀の正しさ、威厳のある態度に胸打たれて、これこそが自分の進むべき道であると決意して帰られた。
 これらは、世間的幸福というものが無常であるが故に苦であり、虚妄と不実以外の何ものでもないことを意味している。そこで釈尊は、真実とまことの幸福は出家の道をおいて他にはないという決断に立って、ひたすら道を求められたのである。

求道と成道

photo 出家された釈尊は、名高い師のもとで修行を重ねて奥義に達せられたが、心の満足を得ることはできなかった。そこで、苦行林に身を投じ、諸種の苦行を試みられた。それは、肉体への激しい行であり、命がけで続けられた。しかし、体が骨と皮だけに痩せ衰えてしまっただけで、真の幸福、解脱を得る道ではないと判断され、一切の苦行を放棄されたのである。
 苦行林を去られた釈尊は、村娘のスジャーターの差し出したちちがゆを飲んで体の回復をはかられたのである。ひとたび出家した者が苦行を放棄して里に遊び、しかも村娘の供養を受けたということは、当時の社会や宗教界にとっては画期的な出来事であった。そのことは苦行を棄てたということもさることながら、四姓の社会階級制度、すなわちカーストの厳しかった当時にあって、村娘の供養を素直に受け入れたということである。釈尊は、社会階級制度を強く否定されていたのである。
 やがて釈尊は菩提樹の下に静坐し、至心に瞑想思惟をこらして禅定に入られ、ついに無常大菩提を成就して仏陀となられた。釈尊35歳の12月8日であったと伝えられている。
 釈尊が菩提樹の下で瞑想をしている間に、悪魔はときに甘くささやき、あるいは居丈高に襲いかかって悟りへの道を妨害し、誘惑の淵におとしめようと試みたのである。しかし、釈尊は悟道への決意は退転することなく敢然と悪魔を降伏させて正覚を成就されたのである。この場合の悪魔とは、おのれ自身の胸深くに潜んでいる煩悩のことである。
 釈尊は、王宮における歓楽の生活、快楽主義を捨てられ、出家後の苦行における禁欲主義も真の悟りへの道ではないとして、苦行主義も捨てられた。両者を排し、達せられた仏陀の道こそが中道である。

伝道と入滅

photo 成道された釈尊は、5人のために、自らの体験・中道を説いた。これは、「初転法輪」と呼ばれている。その後、「梵天の勧請」によって、説法を決意され、伝道の旅につかれ、数多くの人たちに、無上甚深微妙の法を説かれた。
 成道されてからの45年、徹底して対機説法応病与薬の実をあげられた釈尊は、「自らを灯とし、法を灯とし、他を灯とするなかれ。自らに帰依し、法に帰依し、他に帰依するなかれ」と教示された。
 80歳の時、クシナガラの沙羅双樹のもとで静かに入滅された。このように釈尊は、生身仏陀としての生涯に終わりをつげられたのである。2月15日の夜半であったと伝えられる。


釈尊(お釈迦様)に関する行事・法要

はなまつり(誕生日)     4月8日
成道会(仏陀となられた日) 12月8日
涅槃会(亡くなられた日)  2月15日

 

仏教とはなにか

仏之教-仏の教え-仏による教え-仏陀(釈尊)の宗教

 仏陀の教え、仏陀による教えということで、「仏陀(釈尊)の宗教」といいかえることができる。こうした見方は、教主である仏陀釈尊に中心が置かれた立場といってよいと考えられる。

仏即教-仏という教え-仏の説かれた教え-法(真理)の宗教

 仏陀の説かれた教えということである。釈尊は自らの正覚の内容である法によって、仏陀たり得たわけであるから、仏陀所説の教えは法そのものということになる。こうした見方は、仏陀の説かれた法である教法に中心が置かれた立場といってよいと考えられる。

成仏教-仏になる教え-仏となる教え-衆生成仏の宗教

 煩悩に満ち現に迷っている衆生が、真理を正覚の内容としている仏陀と同等の証果を成就する、いわゆる開悟成仏ということを示している教えである。迷妄の我らが開悟という目的を達成するには、必ず仏陀の説かれた教法に帰依信順し、それを実践実修しなければならない。こうした仏教を「衆生成就の宗教」といってもよいであろう。成仏を期する人々は仏道を行ずる仏教徒であり、そうした同一の目的を達する人たちによって自ずと教団が形成され、仏教特有の僧伽が成立するのである。このような見方は、仏教との衆団である僧伽に中心が置かれた立場といってよいと考えられる。


引用:「仏教要説」本願寺出版社発行

 

仏教用語集

受戒と授戒

仏門に入った者が、戒律を受けることを受戒じゅかいといいます。
戒師が、戒律を授けることを授戒じゅかいといいます。

 

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